【監修:青山健一】
目 次
自分の歯を矯正したいという人の動機はさまざまですが、歯科矯正が具体的にどのようなことをするのか知っている人は多くはありません。
街中で金属製の固定器具を装着している人を見かけて、金属ワイヤーの反発力で歯に圧力をかけ続けることだけが矯正だと思っている人も少なくないのです。
今回は、歯科医が矯正治療に用いる施術法のひとつであるディスキングについてお話したいと思います。
ディスキングとは
そして、歯に掛かる横方向の力がなくなると、今まで組織を再生してきた骨芽細胞が固定するための組織を形成することで矯正が完了するのです。
ところが、矯正するために歯に力を加えたときに、充分に動くスペースがない歯に横方向の力を加えても適正に移動できません。
それどころか、行き場所のなくなった歯が力を逃がす方向に押しやられてしまい、かえって状態を悪化させてしまうことさえあるのです。
一般的には矯正する歯が雪隠詰めにならないようにするために、全体の歯を順送りしたり抜歯によりできたスペースをつかって移動させたりする施術がおこなわれています。
もうひとつの方法として隣接する歯の歯冠部分の側面をエナメル層だけ薄く削ることで、歯と歯の間に僅かなスペースをつくりだして移動させる施術方法があるのです。
この施術はディスキングと呼ばれていて、別名ではストリッピングということがあります。
歯間の隙間が確保できたら、あとの移動処置は全体の歯を順送りしたり抜歯したりするときと同じように移動して安定させるのです。
ディスキングを行う目的
ここでは、ディスキングによる矯正治療がどのような場合に施術されるのかについてお話していきます。
歯のエナメル層だけを削るディスキングは、抜歯にともなう苦痛を伴わないばかりか1本削るのに要する時間も極めて短時間ですむのが大きな特徴でありメリットです。
また、抜歯では得られるスペースが広すぎる場合でも、ディスキングであれば必要最小限のスペースをかせぎ出してから移動させることが可能になります。
但し、ひとつの歯で削ることが可能な厚みは片側0.5ミリ程度となっていて、それは歯を覆っている1ミリから2ミリあるエナメル層を残すためなのです。
ディスキングでは両側を同じ厚みだけ削るが基本で、下側または上側のすべての歯を削ってしまうことは稀となっています。
歯の大きさを整える
歯の大きさの不揃いが原因で歯並びが悪くなっているときは、単純に歯の位置や向きを動かすだけでは適正な歯列が得られても見た目の悪さは解決できない場合が少なくありません。
このように、歯自体の大きさや形状が変えられないことで生じる矯正の限界を、ディスキング施術が大きく広げてくれるのです。
ディスキング施術は歯自体を削ることで歯の大きさを整えられることも大きな特徴のひとつとなっています。
前歯の出っ張りを改善
上顎前突は通称『出っ歯』ともいわれ、上側の前歯が前方に突出してしまっている症状です。
多くの場合、顎の大きさに対して相対的な歯のスペースが不足したことで、上顎前部の歯先が前方に倒されてしまったことが原因となっています。
このような症状に対してもディスキング施術で歯の横幅を小さくすることで、抜歯や移動でスペースをかせぐのと同じ効果を得ることができるのです。
ブラックトライアングルを改善
ブラックトライアングルは耳慣れない言葉ですが、前歯などの歯茎が痩せたことでできた歯元の三角形の隙間をあらわす名称です。
これは歯周組織を構成している歯槽骨の背が低くなることで、歯槽骨を覆っている歯茎である歯肉が下がってしまうことによりあらわれます。
歯槽骨が低くなるのは加齢や歯槽膿漏だけでなく、硬い歯ブラシを使い続けて歯肉を傷つけることなども原因となってしまうのです。
ブラックトライアングルがあらわれてしまったとき、歯の両側を削るディスキングは有効な治療方法となります。
歯の側面を削って寄せることで目立たなくすることができますが、見た目は改善できても根治的な治療ではないため注意してください。
また、ブラックトライアングルは疾患ではないため、治療するときに健康保険がきかない症状となる場合が多いことを理解しておきましょう。
ディスキングが必要な症例
ディスキングは審美的な矯正に用いられる場合もありますが、矯正歯科では噛み合わせを改善するための施術のひとつとして多く活用されています。
ここまでで、ディスキングの概要や特徴を説明してきましたが、ここからは具体的な症状に対しての施術内容についてお話します。
歯の大きさがアンバランス
もともと歯は左右対称を基本としてさまざまな形状をしていますが、これは食べ物を噛み切ったりしっかりと咀嚼したりできるように進化してきたためです。
ところが、何らかの要因で左右や上下で大きさや形状のバランスが崩れてしまうことがあり、特に前歯の大きさのアンバランスは審美的にも気になります。
このアンバランスは移動による矯正では対処できないため、歯を削るディスキングを施することで改善させられるのです。
また、上下間でもトゥースサイズレイシオで示されている標準指標から大きく逸脱している場合も歯の大きさを調整することもあります。
ディスキングで削ることができる厚みは片側面0.5程度で、1ミリ以上の歯の幅を大きさ修正することはできません。
しかし、1ミリも幅が調整できれば、アンバランスをかなり改善することができるのです。
また、前歯以外の歯にディスキング施術で大きさを揃えることで、抜歯を回避しながらの噛み合わせ改善にも期待が持てるようになっています。
前歯を舌側に傾斜
前歯が不揃いだったり前方に突出したりしているだけで、審美的に大きなディスアドバンテージとなってしまいます。
歯が倒れて飛び出してしまうのはひとつの歯を支えている歯周組織部分の長さに対して歯の最大幅が大きすぎることに起因しているのがほとんどです。
狭すぎて行き場を失った歯がおこす上下の顎前突を適正な位置に戻すためには、歯茎を広げるか歯の最大幅を小さくする矯正が施されます。
ディスキングは後者を可能にする施術で、歯の側面を削ることで歯の幅を狭めることで前に傾斜しまった前歯を適正な状態まで戻す処置ができるのです。
但し、すべての歯にディスキングを施すと理論上では6ミリ以上のスペースを生み出せる計算になりますが、実際には症状によって本数と削る量を調整しています。
矯正後の後戻りを防ぐ
ディスキング施術は最適な歯間で矯正治療を可能にし、歯と歯を密着させることで矯正後の歯が動きにくくすることができるのも特徴です。
後戻りと呼ばれる矯正した歯が適正な位置や向きを保てずに動いてしまう症状がでないように、歯科医も歯が安定するまで注意深く経過診察します。
一般的に矯正した歯はリテーナーなどで固定して安定させようとしますが、ディスキングで歯間を適正にすることで矯正後の歯の安定化にも良い影響を与えるのです。
ブラックトライアングルを防ぐ
歯を移動させる矯正では、施術前に密着していた歯肉や歯周骨を歯から一旦は剥がしてしまい、移動後に骨芽細胞が安定させるように組織を再生します。
この場合に歯周骨は再生できても歯肉が施術前のように綺麗に密着してくれない場合や、歯間が広がってしまう場合があるのです。
それに対してディスキング施術は歯間を狭める施術になるため、ブラックトライアングルがあらわれるのを防ぐ矯正方法だといえます。
ディスキングの器具
ここまでディスキングの概要や特徴などを説明してきましたが、ここではどのような器具を使って施術するのかについてお話します。
歯を削ると聞いて尻込みする人もいるかもしれませんが、使用する器具などを知ることで安心安全な治療であることを理解してください。
ヤスリ
歯を削ると聞くと虫歯治療などでよく見かけるエアータービンなどを思い浮かべるかもしれませんが、ディスキングでは専用のヤスリも使用します。
施術方法としては歯間に専用のヤスリを入れて削る量を確認しながら往復させながら削っていくのです。
非常に細くて小さなこのヤスリは弓鋸のような形状をしていて、手動と電動の2種類があり必要に応じて使い分けられています。
バーやディスク
ディスキングでもエアータービンが用いられることがありますが、虫歯治療に使用されるバーとは比べ物にならないほど細いバーで削っていきます。
バーは削る量にあわせて最適な太さのものが選ばれ、削るときも虫歯治療のときのような不快な音は出ません。
その他の器具としてディスクと呼ばれる円盤状の専用器材もあり、歯と歯の隙間に挟み込むことで切削してきます。
ヤスリやバーに比べて大きいため、最近では他の歯に当たらないように保護カバーがついているものも導入され始めてきました。
ディスキングのリスク
健康な歯を削るディスキング治療を施すと聞かされた患者さんの多くは、矯正のためとはいえ大丈夫なのかと心配します。
削り過ぎないかということがもっとも多い懸念ですが、実際には慎重に削る量を確認しながら少しずつ削っていくため問題となった症例はほとんどありません。
虫歯になりやすくなるのではとの心配もありますが、充分なエナメル層を残すようにコントロールすることで影響は出ないことが確認できているのです。
もうひとつの懸念は「しみやすくなるのでは」というものがありますが、これも虫歯と同様にきちんとコントロールされたディスキングでは心配がありません。
それでも、矯正処置をした場合は口腔内環境バランスが崩れる可能性も否めないため、サリバテストと呼ばれる唾液検査をすることがあることも覚えておいてください。
ディスキングは美しい歯並びのためには重要
ディスキングの優位点は何といっても抜歯せずに矯正治療ができることですが、歯を削ることで歯の大きさを調整できるのも魅力です。
噛み合わせに不具合を生じていなくても、前歯の不揃いなどで精神的な悩みを持っている人にも有効な審美施術であることを知っておいてください。
矯正におけるディスキングで悩んだら専門医に相談
最後になりましたが、とても大切なことをお話しておきます。
それは一般の歯科治療にくらべて矯正治療はより高度なスキルが必要だという認識を持って欲しいことです。
一般の歯科医でも厚生労働省が認めた歯科医師免許を取得すれば矯正治療にもあたることができますが、矯正歯科には豊富な経験と知識が必要とされています。
それらのスキルが充分であることを確認するためにも、これまでの症例数や口コミなどの評価を確認することをお勧めします。
歯の矯正を思いついたら信頼できる歯科医を探したうえで、ディスキングについても相談するようにしてください。
まとめ
いかがでしたか。今回は歯自体を削る矯正であるディスキングについて説明してきました。
ディスキングは審美性と機能性の双方を改善することが可能な矯正施術ですが、やはり向き不向きの症状があることは否めません。
ここでお話しさせていただいた内容が、歯を矯正したいと思っている人やディスキングについて知りたい人に少しでもお役に立てたなら幸いです。