【監修:青山健一】
目 次
歯茎が歯を支えているという認識を持っている人は多いと思いますが、歯を支えているその他の組織も多いことはあまり知られていません。
歯茎というのは歯周組織と呼ばれる歯を支える組織の一部で、歯周組織は歯茎以外にも複数の筋肉と骨から成り立っているという構造も知っておいてください。
さらに、歯周組織は顎の骨によって支えられているため、矯正歯科には歯周組織と顎の位置関係を適正にすることも求められているのです。
今回はこの顎の骨にかかわる歯科矯正についてお話したいと思います。
外科矯正について
歯の噛み合わせが悪くなったときに、何本かの歯を移動させて噛み合わせ状態を改善するのが矯正歯科の基本です。
このとき、歯はいくつかの筋肉や骨で構成されている歯周組織のうえを少しずつ移動していきます。
歯の土台となる歯周組織が正常な状態であれば、破骨細胞と骨芽細胞の働きで歯が適正な位置に移動させて、リテーナーなどで一定期間固定することで噛み合わせを改善できるのです。
ところが、顎の骨が歪んでいると必然的に歯周組織は正常な状態を保てなくなってしまい、いくら歯を移動しても噛み合わせが改善しない状況に陥ってしまいます。
しかも、顎の骨の歪はリテーナーのような固定器具で矯正できるものではないため、外科的に削ったりずらしたりしなければなりません。
この外科的な治療を外科矯正と呼びます。ここでは外科矯正にはどんな方法があるのかを簡単に説明していきます。
1.SSRO法
下顎枝矢状分割法とも呼ばれるこの施術は、顎を矯正するときに日本内外でもっとも採用されている手術法のひとつです。
これは矢状方向に切断することで分割された下顎枝を前後にずらしてから再接合する施術で、下顎の前突やそれにともなう左右のずれに起因する咬合不良を矯正するときに多く採用されます。
なお、このSSRO法はKostecka法の欠点を補うために考案されたものです。
2.IVRO法
下顎骨垂直切り術とも呼ばれる施術で、下顎の出っ張りが噛み合わせ不良の原因になっているときに採用されます。
これは下顎枝の根本を垂直方向に切断して矯正に必要な厚み分を切出してから再接合する施術で、下顎から切出した厚み分だけ顎が後退するのです。
3.Kole法
下顎前歯部歯槽骨切り術とも呼ばれていて、SSRO法やIVRO法と異なり顎の骨の切断を伴わないのが特徴です。
そのため、入院は1泊だけで2日から3日で通常の生活に戻れるというメリットがあります。
施術内容は下側左右の第一小臼歯を抜歯して、その部分の歯槽骨を切除することで、下側前歯の歯茎の傾きを変えるというものです。
Kole法は、おもに下顎前突による噛み合わせ矯正にもちいられています。
4.ワスモンド法
上顎前方歯槽骨切り術と呼ばれ、Kole法と同じように入院期間が短いというメリットがあります。
この施術は上側左右の第1小臼歯前歯を抜歯しすることで、Kole法と同じように上側前歯の歯茎の傾きを変えるというものです。
ワスモンド法は、おもに上顎前突による噛み合わせ矯正にもちいられています。
5.Dingman法
Dingman法はKole法とよく似ている施術です。歯槽骨しか切除しないKole法に対してDingman法は下顎の骨まで切り取るのが大きな違いとなっています。
外科矯正後に後悔する人も
外科矯正の施術後に後悔してしまう人が少なからずいます。
ひとつは噛み合わせの改善などが得られないといった治療効果にかかわるものです。これは歯科医の経験不足と知識不足に起因する場合も少なくありません。
もうひとつは、矯正目的の噛み合わせは改善したものの副次的にあらわれた結果が自分で受け入れられないという場合です。
ここでは、副次的にあらわれる結果で後悔しやすいものについてお話します。
施術後の顔貌
審美目的での顔の美容外科手術と噛み合わせ改善目的の外科矯正はまったくことなる手術ですが、顎の骨を切除したりずらしたりすると点では共通する部分も少なくありません。
そのため、歯の突出や後退などを矯正するための外科矯正を受ける場合は術後に顔の輪郭がかわるのは避けられないのです。
どうしても受け入れられないという人は、矯正治療が終ってから形成外科の医師と相談してみてください。
口腔環境の変化による違和感
矯正治療が口腔環境に変化をもたらすことはあまり知られていません。特に外科矯正で顎骨の形状がかわった場合は術後しばらく違和感を覚える人は少なくありません。
わかりやすいのは舌の感覚です。外科矯正で歯を移動させたことで舌との相対的な位置がかわってしまうことで違和感を覚えてしまいます。
また、顎の骨を切除したりずらしたりすると顎関節から歯先までの距離がかわるため咀嚼する感覚も微妙にかわってしまうのです。
ほかにも、口腔内での唾液の分泌に変化がおこることでも違和感を覚える場合があるため、不調を感じたらすみやかに主治医に相談してください。
後悔しないために知っておきたい注意点
ここでは外科矯正での後悔を防止する手立てについてお話しします。
ひとつ目は歯科医選びについてです。一般の矯正歯科医と外科矯正する外科矯正医に違いがあることはあまり知られていません。
矯正歯科医も外科矯正医も歯科医師免許があれば矯正治療にあたることができますが、外科矯正においては、歯を適正に矯正するためには外科矯正における豊富な経験と知識が不可欠なのです。
矯正に関わるスキルは日本矯正歯科学会が付与している認定医や指導医や臨床指導医の資格の有無がひとつの判断基準になるため覚えておいてください。
また、高額治療への誘導への不安とか治療方針に納得できない場合はセカンドオピニオンを利用することをお勧めします。
ただし、セカンドオピニオンは主治医への通知が必用であり、健康保険の適用外であることを承知しておいてください。
外科矯正と美容外科の違い
美容外科の施術と矯正外科の施術には共通する部分が多いことは既にお話ししましたが、ここではもう少し詳しく違いについて説明します。
歯にかかわる機能的な問題を改善するのを目的にしたものを矯正歯科といい、その中で外科的施術が必要なものを外科矯正と呼ぶのです。
一方、見た目の改善を目的とした施術の場合は治療とは見なされずに美容外科に分類され、歯にかかわるものは美容歯科と呼ばれています。
また、医療行為である矯正外科で発生した治療費は医療控除の対象になります。ところが美容外科の費用はどんなに高くても医療費控除が受けられないのも大きな違いです。
高度な技術が必要
ここまでに外科矯正の医師には豊富な経験と知識が不可欠である旨をお話してきました。ここでは外科矯正に求められる高度な技術について紹介します。
通常の虫歯治療ではメスで切開することは稀です。メスを持つのは親知らずなどの抜歯で歯茎に埋まっている場合などに限られていました。
また、以前は歯医者が骨に対して治療することなどほとんどなかったのです。ところが、インプラント施術の普及で一般の歯科医にも骨に穴をあける手術の技術が求められるようになってきました。
一方、外科矯正は骨を切除したりずらしたりするだけでなく、施術後の顎と歯や歯周組織との位置関係に高い精度も求められているのです。
さらに、外科矯正は施術後の状態が安定したときの微妙な噛み合わせを計算しつくすスキルも求められます。
そのため、大きな施術は歯列矯正を行う歯科医ではなく口腔外科医が執刀するのが一般的になっているのです。
これらの高難度な手術を高い確実性で成功させなくてはならないため、外科矯正には豊富な経験と知識が必用とされています。
外科矯正のメリット
ここでは外科矯正することのメリットについてお話します。メリットを理解することで手術への不安に過剰に反応するのを避けるようにしてください。
骨格からの矯正が可能
歯周組織上を移動させる歯列矯正には限界があることはあまり知られていません。わかりやすく言い換えると、傷んできた家屋の修復に例えることができるのです。
リフォームするときに土台を変えずに上物だけをつくりなおすのと、土台も修復して建て直すのとでは設計の自由度が大きくかわります。
もし、土台が傾いていたら上物を適正に立て直すことは無理です。
歯科矯正における土台部分が顎の骨にあたり、土台である顎骨を適正な状態に施術することで歯列矯正も効果的におこなえます。
骨格的な要因で噛み合わせがわるくなっている場合は外科矯正が有効な治療となるのです。
様々な症例に対応
上顎前突症・下顎前突症・上顎後退症・下顎後退症・顔面非対称症・開咬症などは外科矯正が必要になる場合が多くなります。
多くの症状に対応できる外科矯正には、それぞれに適した手術法があります。手術内容については既に説明しているため、ここでは割愛させてください。
健康面の改善
噛み合わせが悪いことで発症する健康上の不調としては、頭痛・肩こり・耳鳴り・めまい・鼻づまりにとどまらず、虫歯を誘発したり胃腸への負担が高まったりします。
さらに、歯並びの見た目の悪さから人前で笑えないというコンプレックスまで抱え込んでしまうことさえあるのです。
外科矯正することで健康面だけでなく精神面でも改善が期待できます。
外科矯正のデメリット
外科矯正はとても高度な施術になります。施術を受ける前に想定されるリスクも含めてデメリットも充分に理解しておく必要があります。
歯列矯正の歯科医や外科矯正の口腔外科医の先生から納得できる説明を受けるようにしてください。
入院が必要
外科矯正は外科手術であるため一定期間の入院が必要になります。入院は手術前後のケアだけでなく、術後は些細な変調も見逃さない看護体制のもとで経過観察することが求められるのです。
入院期間は手術内容によってかわるため、あらかじめ担当の医師に入院期間を聞いておくことをお勧めします。
術後の副作用
外科矯正は顎の骨を切除したりずらしたりする大きな手術になり、手術後にもさまざまな副作用が想定されるため、しばらく入院することになります。
副作用として最も多いのは、麻酔が覚めたあとの痛みと発熱です。また術後は身体の抵抗力が低下しているため点滴で抗生物質なども投与されます。
想定される副作用についても施術前に医師から充分な説明を受けるようにしてください。
外科矯正は保険が適用されることがある
外科手術となる外科矯正で最も気になるのは費用についてです。一般的には保険適用外となってしまうことが多い矯正歯科治療ですが、条件によっては適用できる場合もあります。
顎変形症の場合
顎変形症の治療は厚生労働省が定める手術をした場合は一連の治療が保険対象となります。くわしくは主治医の先生に確認することをお勧めします。
特定の咬合異常の場合
厚生労働省の令和2年度診療報酬改定で拡大整理された特定59症状の先天疾患が起因した咬合異常についての矯正治療は保険適用が可能になっています。
専門医に相談して後悔のない外科矯正を
ここまで外科矯正の難しさと有効性についてお話してきました。少なからずデメリットもありますが、それをカバーしてあり余るメリットがあるのが外科矯正です。
施術にあたっては専門の先生とよく相談して、後悔しないように自分自身で充分に納得したうえで判断するようにしてください。
まとめ
いかがでしたか。外科矯正は歯列矯正との連携がとても大切で、難易度の高い治療になることを説明させていただきました。
施術後に後悔しないためにも、ネットや自分自身で調べたり知人の話を聞いたりして見識を高めておくことをお勧めします。
今回のお話が外科矯正への不安や疑問の解消に少しでもお役にたてれば幸いです。