【監修:青山健一】
目 次
歯並びの審美性だけでなく全身の健康を実現する矯正治療。歯を適正な位置に移動するためには「抜歯」が必要になる場合があります。
しかし抜歯をしなくても他のさまざまな手法で矯正治療を成功させることは可能です。歯を失わない矯正治療とは?その注意点とは?
この記事では「非抜歯矯正」の特徴や流れについて詳しく解説します。
非抜歯矯正の特徴
非抜歯矯正では28本の歯が上下にそろっていて噛み合うという人体本来の構造を温存しながら矯正を行います。
歯並びや噛み合わせの問題を引き起こす原因を取り除き本来あるべき歯並びへ導くための手法です。
間違った位置に歯が生えてしまったら抜けば良い、歯をとにかく並ばせれば良いという考え方ではありません。
非抜歯矯正がコントロールするのは歯がきれいに並ぶための顎の環境です。まだ発達期にあるうちに治療を開始するのが理想的だとされています。
大人になってからでも治療は可能ですが、顎の状態によっては歯の移動のために長めの治療期間が必要です。
抜歯・非抜歯の基準
非抜歯矯正では必要不可欠だと判断されない限り抜歯は行いません。この判断基準は「抜歯基準」と呼ばれています。
抜歯基準は一般的に口腔模型とセファロレントゲン撮影によって得られる数値を利用したものです。
しかし統計データにすぎない抜歯基準はあくまで参考にとどめ、できるだけ抜かない治療を考えます。
最終的には、患者さんと矯正歯科医とが話し合い、治療内容に納得することが大切です。
歯を抜かずにスペースを作る方法
歯が並ぶスペースを確保し、本来の歯並びを実現する矯正歯科治療が非抜歯矯正です。では、どのようにスペースを確保するのでしょうか。
発達期にある子どもの顎の成長は比較的コントロールしやすいのですが、大人の治療ではさまざまな手法を駆使します。
大人の非抜歯矯正で採用されるのは以下の3つの治療法です。
- 歯列弓を広げ
- 歯を口の奥へ移動させる
- 歯を削る(ディスキング)
それではこれらの方法を詳しく解説しましょう。
歯列弓を広げる
歯槽骨とは歯を支えている骨で、顎を構成する骨種の1つです。
この骨の上の歯列弓を骨格にあったU字型へ矯正していきます。
顎を広げるというイメージではなく、もともとある骨格に歯列弓を広げるという感じです。
歯列弓を正常な位置に合わせることで歯が並ぶスペースが確保でき、大臼歯の位置を基準に前歯が後ろへ移動していきます。
奥歯を広げると顎の外見も変わってしまうという誤解がありますが、骨格に歯列弓を合わせるため外見上変化は起きません。
歯を後方に移動する
永久歯の位置が本来あるべき位置より前方にある場合、歯を後方へ移動させ本来の位置に戻してスペースを作り出す矯正法があります。
その主な矯正方法は以下の4つです。
- 奥歯の位置の基準をインプラントして移動させるアンカースクリュー法
- 出っ歯治療法を応用したカリエール法
- 奥へ歯を移動させる器具を使ったペンデュラム法
- ループ付きワイヤーを使って歯を一本ずつ同時に動かすキムテクニック法
ディスキング
歯を削ってスペースを作る方法は「ディスキング」と呼ばれ、エナメル質の3分の1程度に限定して削りスペースを確保します。
ディスキングが有効な症例は以下の4つです。
- 歯の大きさにバラツキがある
- 出っ歯
- 歯間と歯肉の境に三角形の隙間がある
ディスキングは歯と歯の接触面を増加させるので矯正治療の後戻りの防止にもなります。
非抜歯矯正のよくある誤解
非抜歯矯正では歯を並べるためのスペースを確保する矯正を行いますが、その考え方が事実に基づかない誤解を招いているようです。
主な誤解は以下の2つがあります。
- 非抜歯矯正をするとゴリラ顔になる
- 非抜歯矯正は後戻りしやすい
どうしてこのような誤解を招いてしまっているのかを解説しましょう。
「非抜歯矯正をするとゴリラ顔になる」
この誤解でいう「ゴリラ顔」とは前歯が前に出てしまう状態のことです。おそらく実例に基づく指摘でしょう。
前歯が前に出てしまうような矯正は、スペースを十分に確保できないうちに歯を並べようとした結果ではないかと推察されます。
大事なことは時間をかけたカウンセリングの実施とじっくり取り組める治療計画を作成することです。
正しい非抜歯矯正では手間と時間をかけてスペースを確保していきますので、ゴリラ顔になることはありません。
「非抜歯矯正は後戻りしやすい」
「後戻り」という現象は抜歯・非抜歯にかかわらず矯正後に起こりうるものです。そのため矯正後はリテーナーで後戻りを防止します。
非抜歯矯正では奥歯を後方に起こすので、奥歯が移動後に時間をかけて固定化するのを待つことが大事です。
早急に治療を終えたいという焦りが強いと、非抜歯矯正は本来の効果を発揮できません。じっくりと腰を据えて取り組みましょう。
非抜歯矯正の代表的な種類
非抜歯矯正では奥歯を起こしてスペースを作り出すというお話をしました。その手法には主に以下の4種類があります。
- 歯列全体・一部を拡大する装置を使う
- ブラケットとワイヤーで歯を動かす
- 支点となるアンカースクリューを埋め込み、歯を遠心方向へ移動させる
- マウスピースを定期的に作成して歯の移動を導く
それでは各手法について具体的に見ていきましょう。
拡大装置
この装置は歯列を広げて歯が並ぶスペースを確保します。ブラケットやマウスピースと組み合わせると治療期間の短縮が可能です。
ただし、装着している時間が短いと効果が十分に発揮できません。話がしづらいかもしれませんが時間をかけて取り組んでください。
ワイヤー(ブラケット)
ブラケットという装置を歯に付け、ワイヤーを通して歯を動かす矯正器具を使い、歯並びに必要なスペースを確保します。
矯正治療では一般的な手法で、実績がありますが外見上のインパクトが強いことが難点です。
透明なブラケットや白いワイヤーなど見えにくくするような工夫がされていますので、歯科医に相談してみてください。
歯に直接ブラケットを付けるので、歯磨きをしっかりすることが大切です。ブラケット専用のケアキットの利用をオススメします。
インプラント(歯科矯正用アンカースクリュー)
通常のインプラントではなくピン状の細いスクリューを歯茎に埋め込み、歯を遠心方向へ移動させる支点とする手法です。
この手法により、これまで限界とされてきた歯の移動範囲・方向が飛躍的に拡大しました。非抜歯矯正は新たな段階に到達したのです。
部分的に動かしたい歯だけを動かすことができますし、矯正器具を付けている期間を短縮することもできます。
注意点は歯茎を麻酔してインプラントを埋め込む必要があること、また矯正後はインプラントを取り除く必要があることです。
取り除いても治療痕は残りませんのでご安心ください。
マウスピース(インビザライン)
治療段階に合わせて透明なマウスピースを製作し、定期的に治療の進行具合を確認しながら少しずつ歯を動かします。
透明なのでお仕事をされている方でも目立たずに治療を続けられ、取り外せるので食事や歯磨きも通常通り行える点が好評です。
ただし装着時間は1日あたり20時間以上とされており、これを守れないと計画が狂ってしまうのでご注意ください。
また、長時間の装着で不衛生にしていると虫歯や歯周病を発症します。そうなると一旦矯正治療はお休みです。
また、マウスピース製作を計画するにはコンピューターシミュレーションを利用しますが、実現性の高い計画をたてなければなりません。
患者さんお一人お一人の治療計画に時間をかけてシミュレーションしないと、マウスピース矯正は成功できません。
経験が豊富なマウスピース矯正専門の歯科医師がいるクリニックを見つけましょう。
非抜歯矯正の実際の流れ
非抜歯矯正はどのような流れで行われるのでしょうか。初診相談からアフターケアまでを段階に沿ってご説明します。
(1)初診相談
まず、矯正が必要な歯並びや噛み合わせについて詳しくカウンセリングを行い非抜歯矯正に適合しているかどうかを判断します。
(2)精密検査
非抜歯矯正が可能な場合には、どの矯正方法が合っているかを精査し、歯を削るのか、歯列を拡げるのかを見極めます。
X線写真・模型・撮影・問診を行い、最適な治療計画を立てましょう。
(3)診断
それぞれの症状にあった非抜歯矯正方法・期間・費用を説明し、納得がいくまで話し合います。
(4)治療開始
装置を装着する前にクリーニングを行い、虫歯などの治療も済ませましょう。装置装着後のお口のケアを学んでおくと良いです。
(5)矯正装置の装着
一人一人に合った治療装置を取り付けます。
(6)矯正期間
定期的に通院し、歯の移動がどの程度進んだかをチェックします。4~8週間に一度が通常です。
(7)保定装置装着
矯正装置を取り外し、歯型をとって保定装置(リテーナー)を製作。リテーナーで治療後の歯の位置を維持しましょう。
(8)アフターケア
保定装置を使い続けている間に、噛み合わせも安定させましょう。数か月に一度の頻度で通院が必要です。
(9)矯正治療完了
歯並びと噛み合わせが安定した位置に維持できるかどうかを確認します。確認がとれたら矯正治療はすべて完了です。
完了後も定期的に歯科医で歯の健康を維持するようにしてください。
非抜歯矯正の注意点
非抜歯矯正の注意点は、矯正治療すべてに共通したものです。主なものは以下になります。
- 保険適用外の治療であるため無理のない予算を組むこと
- 矯正装置装着期間のデンタルケアを怠らないこと
- 装置で口内が傷つく可能性があるので炎症する前に歯科医に相談すること
- 決められた装着期間を遵守すること
- 矯正治療が終わった後、保定のためにリテーナーを使用し後戻りを防ぐこと
まとめ
非抜歯矯正は、歯を温存しながら矯正をしていく手法です。丁寧な事前の検査や患者さんのコミットメントが大切になります。
しかし、非抜歯矯正は矯正テクニックの1つであり、常に最善の方法ではありません。抜歯する方が良い症例もさまざまあります。
非抜歯矯正だけが正しい矯正方法だと決めつけず柔軟にあらゆる方向性からベストな方法を探ってください。
上下の歯がきちんと安定して噛み合い、美しく並んだ歯列で、心と身体の健康をレベルアップしましょう。