【監修:青山健一】
目 次
歯の問題の中でも「歯並び」は見た目に影響する、とても重要な要素です。
特に永久歯の歯ならびは一生を左右する問題となるため慎重になるべきだといえます。
本来、永久歯は乳歯が抜けたのち、同一箇所に萌出します。
しかしその乳歯が何らかのトラブルにより失われてしまった場合、歯がまっすぐに生えることができず、歯並びを乱してしまう原因となる可能性があるのです。
今回の記事ではそういった「乳歯が早期に失われた場合」に使用する保隙装置についてご紹介いたします。
保隙装置の特徴
保隙装置とは永久歯が生える前に乳歯が失われていた際、永久歯が生えてくるのに必要なスペースを確保する装置です。
通常は乳歯が抜けた箇所から永久歯が生えてきますが、乳歯が虫歯になってしまったり、転んだり、ぶつけた拍子の外傷によって抜歯をしなければならなくなることがあります。
その場合まだ永久歯への生え変わり時期でない乳歯を早期に抜歯するため、隣接する歯が空いたスペースに倒れ込んできてしまい、歯並びが悪くなることや、永久歯そのものが生えてこなくなるなどの問題が起きてしまいます。
そんなとき乳歯の代わりに永久歯の生えるスペースを確保してくれるのが「保隙装置」です。
しかし保隙装置は一部の装置を除き咀嚼機能を補助する役割は果たさないため、あくまで永久歯萌出箇所を確保する装置という認識が必要です。
乳歯を抜歯した後に装着する
保隙装置の装着時期ですが、先ほど述べた虫歯や外傷による抜歯の後に装着を行います。
しかし乳歯を失ったため必ずしも保隙装置を装着しなければいけないというわけではなく、乳歯を抜歯し6ヶ月以上永久歯が生えないだろうと医師が予想する場合に保隙装置を使用した治療を行います。
小児歯科か矯正歯科の受診が必要
この保隙装置はどこの歯科医院でも対応できるわけではありません。
通常の歯科医院では乳歯の抜歯は可能かもしれませんが、保隙装置の提案までできない場合、抜いた部位はそのまま放置となるケースも少なくありません。
保隙装置の治療を受けるべきか検討したい場合は、小児歯科か矯正歯科のように専門的な医院での受診が必要となります。
「保隙装置を使って治療する必要があるのだろうか」と少しでも悩んでいるのであれば、小児歯科を行っている歯科医院で相談してみて下さい。
保隙装置はなぜ必要?
保隙装置の必要性は始めにも少し記載したように、「永久歯列」に関わってくることにあります。
もしかすると皆さんの中に「乳歯はいずれ抜けるものだから、虫歯になっても問題ないのでは?」と考えている方もいるかもしれません。
しかし、乳歯にはきちんと「将来生えてくる永久歯を正しい位置へ誘導する」という重要な役割があります。
その役割を乳歯が果たせなかった場合、代わりに永久歯を誘導するのが保隙装置の役目なのです。
保隙装置の種類
ひとことで保隙装置といってもその種類はさまざまです。
装着位置や失った乳歯の本数によって、使用する装置の種類が異なります。
装置の多くは支台歯に装置を固定する「固定式」ですが、なかには着脱可能な「可撤式」の装置もあります。
装着直後は異物感を感じますが、装着時間が長くなれば慣れてくることがほとんどのようです。
バンドループ
六歳臼歯にバンドを巻き、そこにループを取り付けます。乳歯のない部分をループで覆い、隣の歯が倒れ込んでこないように永久歯が生えてくるスペースを確保します。
あとに紹介するクラウンループと大きく形状は変わりませんが、支台歯の状態が良いのであればバンドループを使用することが多いです。
クラウンループ
乳歯がない箇所の隣の歯にクラウン冠を被せて使用します。
バンドループと作りは同じですが、支台歯にバンドを巻けない理由がある場合はこの方法を用います。
クラウンディスタルシュー
奥歯に位置する第二乳臼歯(だいににゅうきゅうし)が抜けた際に第一大臼歯を誘導する際に使用します。
ループの装置と異なり、クラウン冠からL字型に金属のバーが伸びており、第一大臼歯が生えてくるところまでバーが延長している構造です。
バーがつっかえ棒の役割をし、歯の倒れ込み防止と永久歯の萌出場所を確保します。
リンガルアーチ
大臼歯やいちばん奥の臼歯部に装置をかけ、歯の裏側にアーチ状の太い針金を通し、バネをつけて歯を動かします。
少しずつ全ての歯に当たるよう歯の裏側に装着して使用するため、外側から装置が見えないことがメリットです。
ただしこの装置は喪失した歯の位置によって、付与する弾線の本数や長さが変わってきます。
ホールディングアーチ
リンガルアーチ同様固定式の装置で、乳歯の奥側部分の歯を土台に装置をかけます。
上顎に装置を使用する場合、円盤状のレジンパッドを口蓋に貼り付け、奥歯を前方へとズレてこないように押さえるようになっています。
可撤式床装置
この装置はこれまで紹介した装置とは大きく異なり、装置そのものが患者さん自身で取り外しのできる構造です。
「小児義歯」とも呼ばれ、咀嚼の機能も補えるようになっています。
取り外しできることによりお手入れはしやすいですが、あまり外している時間が長いと保隙の効果が見込めないため、装着時間が短くならないよう注意が必要です。
保険が適用される場合も
近年まで保隙装置は矯正治療の部類として扱われていたため、健康保険は適用されていませんでしたが、平成28年度より健康保険での治療が可能となりました。
保険適用となるにはバンドループまたはクラウンループでの保隙装置を使用しての治療に限ることと、場合によっては保険が適用外となることもあるため、事前によく確認しておくことが大切です。
装置の種類なども限定的ではありますが保険治療の対象となったことにより、これまでより多くの患者さんが「保隙装置」の治療を受けやすくなったといえます。
保隙装置でよくある質問
保隙装置とはどのようなものか、特徴はご説明しましたが実際に装置を使って治療を行うとなると、心配になることも出てきます。
装置を使用すべきか検討している方からは下記のような質問があります。
- どれくらいの期間装着するのか
- 不自由や痛みを感じるのか
- そもそも装着の必要があるのか など。
まず装着すべき期間ですが、乳歯を失ってから永久歯が生えるまでとなります。
この永久歯が生えてくる時期は人それぞれ違いますが、装置の装着推奨自体が6ヶ月以上永久歯が生えてこないと医師が推測する場合です。
そのため永久歯が生えてくるのは半年以降になる可能性が高いです。
また保隙装置を装着中はメンテナンスや経過観察を行うため定期的に診療を受ける必要があります。
不自由をや痛みを感じるかについてですが、やはり口の中に器具が入るため多少は口のなかで気持ち悪さを感じると思います。
痛みについては、保隙装置は歯列矯正とは異なるため、我慢できないほどの痛みを感じることはあまりないようです。
しかし痛みにも個人差はあるため実際に装置を使用して痛みが強い場合は、すぐにかかりつけの医院に相談をするようにしてください。
装着の必要性ですが、「乳歯が生え変わりの時期でないのに抜けてしまった」「抜歯をした」などの場合は選択肢に入れるべきです。
早期喪失してしまった場合に「放置する」ことは避けたほうがよいです。
乳歯が失われた部位に隣の歯が倒れこんできたり、転移したりして、永久歯そのものが生えてこない事態となっては、将来的に全体の歯列矯正を行うなど大掛かりな治療をしなくてはならない可能性も出てしまいます。
乳歯喪失後の状態を先生に診てもらい、よく相談した上で装置の使用が必要か判断するようにしましょう。
保隙装置が外れてしまったら?
本来固定式の装置はしっかりと口の中に固定されていますが、まれに外れてしまうことがあります。
外れた際に自身で付け直し、誤った装着をしてしまうと、保隙の役割を果たさない場合もあります。
可撤式以外の装置が外れてしまった場合、すぐに歯科医に診てもらうようにしてください。
永久歯の歯並びはよくなる?
保隙装置をしておけば歯並び自体も良くなるのか?と疑問に思う方がいるかもしれません。この疑問に対する答えは「NO」です。
保隙装置を使用する目的をひとことでいえば「失った乳歯の代わりに永久歯を生えるべき場所へ誘導する」ことにあります。
永久歯が生えてくれば装置は外すため、生えてきた永久歯(またその他の永久歯も含む)に対し、歯並びをよくする歯列矯正の役割は果たしません。
保隙装置装着中は保護者の協力が大切
保隙装置の装着中は保護者の方の協力が必要不可欠となります。
装置装着中は歯ブラシが届きにくい箇所が生まれ、器具と歯の間に食べかすや汚れが残りやすくなってしまいます。
子どもは大人のように器用に歯磨きをすることは困難なため、お口の状態チェックも兼ね、いつも以上に丁寧な「仕上げ磨き」をしてあげてください。
毎日仕上げ磨きをしてあげれば、「装置の具合がいつもと違うかも」と状態の変化にも気づきやすくなることも良い点といえます。
保隙装置を使った矯正治療は専門医に相談を
もしお子さんが適切でない時期に乳歯を失ってしまった場合は、必ず小児歯科または矯正治療の行う専門医に相談をしてください。
必ず保隙装置を使用するとは限りませんが、治療が必要かどうかは専門医に相談して判断するようにしましょう。
まとめ
乳歯はいずれ生え変わるからといって、早期に喪失してしまった場合、そのまま放置してはいけません。
後々永久歯の生えるスペースを失ってしまえば、永久歯の歯並びが悪くなってしまうことや、咀嚼機能にも影響を及ぼしてしまいます。
「保隙装置」という治療方法はまだまだ知らない方も多いかもしれません。しかし保隙装置はより大きな問題へと発展する前に早期に対応できる治療方法のひとつです。
「こんな治療方法があるんだ」「保隙装置にはこんな特徴があるんだ」と知っておけば、もしもの事態となった際に慌てずに対応できるかもしれません。
とはいえ、適切な時期ではないのに乳歯を失うという事態にならないことが最も理想です。
今回は保隙装置での治療法を知っていただくほかにもうひとつ、「乳歯にも大切な役割がある」ということをみなさんに認識いただけていれば幸いです。