【監修:青山健一】
目 次
噛み合わせ不良が不調の原因になっていたり歯並びの悪さが精神的苦痛になっていたりと、歯の矯正について考えている人は少なくありません。
ところが、街を歩いているときに矯正中の人が歯にブラケットやワイヤーなどを装着しているのを見かけて、多くの人が歯科医にいくのを躊躇しているのです。
今回は、そんな審美性や装着感に対する不安を軽くしてくれるインコグニートと呼ばれる矯正施術についてお話していきます。
インコグニートの特徴
歯の矯正にはさまざまな施術が開発されていて、症状を診察した歯科医が患者と相談しながら最適な施術方法を選び出して治療にあたるのが一般的です。
多くの矯正治療はブラケットと呼ばれる装置を歯に装着して、そこにワイヤーなどを通して歯を少しずつ移動させていきます。
ところが、歯科医を訪ねてくる患者の中には、矯正したいけれど装着時の不快さやブラケットやワイヤーが目立って審美性が損なわれるのを嫌う人が少なからずいるのです。
そんなときには裏側矯正であるインコグニートといわれる施術が選択肢のひとつになります。
オーダーメイド型の矯正装置
矯正装置はブラケット本体には汎用的なものをもちいて、そこに通すワイヤーだけを患者に合わせてカスタマイズするものが多くなっています。
ところが、歯の大きさや形状は人によってさまざまであり、汎用的なブラケットではうまく歯に接着固定できない場合もあるのです。
これに、対してインコグニートでは、ワイヤーはもちろんブラケットまでも患者の歯に合わせてカスタム対応する完全オーダーメイドで矯正装置がつくられます。
インコグニートの矯正装置の詳しい製造工程などについては後でお話しますが、個々人の歯の形状に合わせてカスタマイズしていくため良好な装着性の確保も可能になるのです。
裏側(舌側)矯正に用いる
矯正装置のブラケットは歯の表面に接着固定する場合と歯の裏側に接着固定する二通りの施術方法に大別されます。
前者の場合は装着しやすい半面で審美性を損ねる難点があり、後者の場合は装着する難度が高くなりますが、審美性を損ねずに矯正できるのです。
歯の裏側に接着固定するブラケットを患者の歯の形状にあわせてつくりあげることで単位表面積あたりの接触面をより増やせるようになります。
インコグニート矯正では、歯の裏側に接着固定するブラケットのフルカスタム対応により、個々の患者の歯にぴったりフィットするようになるのです。
これにより、インコグニート矯正では接着固定性を改善しつつ審美性も保つという二つの問題の同時解消が可能となっています。
ドイツで製作する
インコグニートはドイツ医師であるDr. Dirk Wiechmannによって開発された矯正施術方法で、日本では2008年から3MUnitekで供給されるようになっています。
しかし、歯科医は施術するためのインコグニート認定医資格を得るためにドイツTOP-Service fur Lingualtechnik GmbH社認定コースを受講する必要があるのです。
また、ヨーロッパで広く導入されているインコグニート矯正は、今でもドイツ側での一括製造対応がおこなわれているため同国とのやり取りが不可欠になっています。
インコグニートによる裏側矯正のメリット
インコグニート矯正の優位性については既に少しお話しておりますが、ここでは装着感と審美性についてもう少し詳しく説明します。
また、この矯正治療は従来の裏側矯正とくらべて治療期間の短縮が可能で、矯正装置も外れにくくなっているのです。これについては後でお話します。
痛みや違和感が少ない
衣服のオーダーメイドでも細部にわたって精密に採寸すれば、動いているときのフィット感まで損なわないようにつくられます。
インコグニート矯正でも、同じように精密なデータを細部まで取得して歯にフィットしやすいカスタムメイドの矯正装置をつくりあげるのです。
そのため歯の裏側の設置面積も小型化でき、装置の大きさだけでなく厚みまで薄くできます。また、矯正装置の小型化で痛みや違和感も軽減させているのです。
装置が目立ちにくい
歯の矯正に対して尻込みしてしまう人の多くは、審美性の面から歯の前面に目立つブラケットやワイヤーなどの矯正装置をつけたくないと考えています。
それに対して歯の裏に矯正装置をつけるインコグニート矯正は、周囲の人に口の中を覗かせないかぎり矯正しているのを知られずにすごせるのです。
そのため、対面で話をしたり人に見られたりする機会が多い人にとっては魅力的な矯正処置となり、実際にインコグニート矯正する人も多くなっています。
金属アレルギーを起こしにくい
多くの矯正装置のブラケットなどはニッケルやコバルトなどの金属を主成分としているケースが多く、人によっては金属アレルギーを発症してしまう場合があります。
それに対して、インコグニートのカスタムブラケットは金合金をつかうため、金属アレルギーが発症しにくくなっているのです。
これにより、今まで金属アレルギーがあって矯正治療ができなかった人でも治療するのが可能となっています。
従来の裏側矯正との違い
歯の裏側に矯正装置をつけるという考え方はインコグニートが初めてではありません。先駆けとなったリンガル矯正といわれる裏側矯正は何と日本発祥の施術だったのです。
リンガル矯正は藤田欣也医師によって考案され、1976年に日本での特許取得を皮切りに世界に広がって施術で、審美性を重視する日本の風土が産んだ技術だといえます。
その後、裏側矯正装置であるリンガルブラケットは進化をつづけ、現在ではマルチスロットを有したブラケットとなり現在でも広く採用されているのです。
インコグニートはカスタム型リンガルとも呼ばれ、ドイツで考案されました。ヨーロッパの多くの国々で広く採用されている施術方法で、リンガル矯正の問題点のいくつかが改善されています。
リンガル矯正もインコグニート矯正も裏側矯正という点では基本的な考え方は同じですが、大きな違いはブラケットまで患者にあわせてカスタム化するか否かなのです。
人間の歯は表側面にくらべて裏側面は凹凸が多いため、歯の裏側にブラケットなどを接着固定するときの固着強度の確保が課題とされてきていました。
リンガル矯正などでもちいる汎用的なブラケットは接着性を確保するために小型化できない問題を抱えていましたが、インコグニート矯正はブラケットのカスタム化でそれを解決したのです。
3Dスキャナーで歯の裏面の凹凸まで精密計測する技術革新が、ブラケットを小型化し接着固定性を改善させています。
また、接着固定性の改善がより強い反発力のワイヤー装着を可能にしたため、従来の裏側矯正とくらべて矯正に要する期間を短くできるようになったのです。
さらに、固着力が強くなったためブラケットが外れにくくなったのも改善点のひとつになっています。
インコグニートによる矯正治療の流れ
ここまではインコグニート矯正の特徴やメリットについて説明してきましたが、ここでは具体的にどのような手順でカスタム矯正装置がつくられるかについてお話します。
精密検査・歯の型取り
矯正治療の最初は患者の歯列状態などの精密検査をおこなってから、シリコンをつかって精密な歯型を作成します。
出来上がった精密歯型はドイツにある研究所にそのままの状態で送られるのです。
インコグニートの製作
ドイツの研究所では受け取った歯型から矯正に必要なデータを分析する工程と、得られたデータから製品をつくりあげる工程を経てカスタム矯正装置ができあがります。
[データ分析工程]
- 受け取った歯型を一本ずつ切り分けて、矯正治療が完了した状態に並べ替える
- 矯正治療が完了した歯型から3次元データを取得する
- コンピューターで矯正装置を設計する
[製造工程]
- 設計データをもとにブラケット型を製造する
- 金合金をブラケット型に流し込み鋳造する
- 設計データをもとにコンピューターでブラケットにワイヤーを装着する
治療開始
ドイツの研究所から送り返されてきた矯正装置を患者に装着したあとは、数週間単位で歯の移動状態を確認しつつワイヤーを交換しながら矯正治療を進めていくのです。
なお、従来の裏側矯正が2年半から4年といわれているのに対して、インコグニートで矯正した場合は2年から3年と矯正期間が短くなっています。
それは、既に説明したように従来の裏側矯正よりワイヤー強度を高められるようになったためです。
インコグニートのデメリット
リンガル矯正の問題点を解消するように開発されたインコグニート矯正ですが、デメリットがまったく無くなったわけではありません。
ひとつ目のデメリットは矯正装置の制作期間の長さがあります。これはドイツでの制作にはコンピューターを駆使されているものの、ブラケットからのフルカスタム対応となっているためです。
通常は歯型を送ってから送り返されるまで6週間程度がかかりますが、矯正中に不具合などが発生した際にドイツに送りかえすなどの処置をするときも時間がかかってしまいます。
もうひとつのデメリットは構造上リンガル矯正の問題を解消できなかったもので、歯の裏側に矯正装置を装着するため初期段階は発音に支障がでるケースがあるのです。
ただし、1ケ月以内に慣れてほとんど気にならなくなるため心配はいりません。
なお、インコグニートに限らず口腔内に常時装置を装着しておく矯正は歯ブラシで磨きにくいという難点がありますが、虫歯になりやすさは他の矯正より低くなっています。
費用が高額
矯正治療自体が自由診療のため、受診する歯科医によって費用にはばらつきが出ています。また、インコグニート矯正は歯科医自身の技術習得にも費用がかっているのです。
さらに、インコグニート矯正装置の製造がドイツでしか対応できない事情などの要素が加わり、他の矯正施術とくらべても費用が高くなっています。
扱える歯科医が限られている
矯正歯科医には豊富な経験と知識が必用とされていますが、インコグニート矯正を施術するためにはドイツの認証取得も必要となっています。
ドイツTOP-Service fur Lingualtechnik GmbH社認定コースを必ず受講するよう求められており、歯科医免許があってもインコグニート矯正対応ができない歯科医も少なからずいるのです。
インコグニートの費用相場
インコグニート矯正の治療費が高額である旨はすでに説明しました。ところが、具体的な費用については症状によって必要処置も異なってくるため伝えにくいところがあります。
一般的には100万円から150万円程度を目安としておいてください。
インコグニートによる矯正は歯科医に相談
歯科医は国家資格である歯科医師免許を取得すれば仕事に就けます。また矯正歯科医も同じ免許があれば法律的に施術が可能となっているのです。
歯科医に付与される口腔外科専門医・歯周病専門医・歯科麻酔専門医・小児歯科専門医・歯科放射線専門医などの資格は所定の経験期間がないと取得できません。
さらに、矯正歯科には豊富な経験と知識が必要とされている状況から、日本矯正歯科学会が認定医・指導医・臨床指導医などの資格を付与しています。
それに加えインコグニート矯正を施術するには、指定認定コースを受講したうえでドイツから資格を付与してもらう必要があるのです。
インコグニート矯正を考える場合は、まずは経験豊富なインコグニート矯正対応歯科医を選んで相談するのが大切になります。
費用も高額な矯正治療になるため、後悔しないよう充分に事前調査するよう心がけてください。
まとめ
今回は、インコグニート矯正について詳しくご紹介しました。
この施術は治療費が高額になる難点はありますが、矯正装置であるブラケットやワイヤーが目立たない魅力的な施術で、今までの矯正に対するネガティブな想いを払拭してくれます。
これまで審美性や装着感に対する不安から歯科矯正に踏み出せなかった人が、今回のお話でインコグニートの理解を深めて、少しでも前向きになれたなら幸いです。