【監修:青山健一】
目 次
矯正治療によって、「歯肉退縮」が誘発されることがあります。歯肉退縮とは、歯ぐきが後退する現象です。
歯ぐきが下がると、口元が痩せて見えるため、ときには老けた印象を周囲に与えかねません。歯科矯正の効果も台無しです。
治療後の「まさか」を避けるにも、歯肉退縮の原因と対策をしっかり知っておきましょう。
今回は矯正治療に伴う歯肉退縮について、原因や対策を中心にご紹介します。
歯肉退縮=歯茎が下がること
「歯肉退縮」とは、歯ぐきが下がったり痩せたりする現象です。とくに歯の頭部分(歯冠)が露出した状態を指すことが多いです。
歯肉退縮が起こると、歯が長く見えたり、歯と歯の間に三角形の隙間ができたりします。この隙間は「ブラックトライアングル」と呼ばれます。
歯肉退縮は加齢現象の一つで、めずらしい症状ではありません。しかし、加齢以外が原因で歯肉が下がることもあります。
加齢以外の歯肉退縮の原因や、歯肉退縮に伴うリスクについてみていきましょう。
矯正によって歯肉退縮がなぜ起こる
歯科矯正による歯肉退縮は、ワイヤーブラケット矯正・マウスピース矯正のどちらでも起こりえます。
なぜ、口元を美しくする歯科矯正で歯肉退縮が起こるのでしょうか。代表的な原因を5つご紹介します。
歯槽骨の薄さ
歯槽骨が薄い方は、歯肉退縮が起こりやすいです。歯槽とは歯の根元が収まっている穴です。
歯槽骨は、その穴を形成する骨を指します。歯槽骨が薄い場合は、歯槽骨を覆う歯肉も痩せやすいのです。
この状態で歯列矯正を行うと、歯や歯ぐきに大きな負担がかかります。結果として、歯肉退縮が起こりやすくなります。
歯槽骨が薄くなる代表的な原因は歯周病です。その他にも生まれつきや、打撲・噛み合わせによって、歯槽骨が薄くなるケースもあります。
歯周病の重症化
歯列矯正中に歯周病になるケースは少なくありません。矯正装置を装着すると、どうしても歯磨きがしづらくなるためです。
歯周病は歯槽骨を薄くする代表的な原因です。具体的には、歯周病菌によって骨が溶かされることで、歯槽骨が薄くなります。
歯列矯正そのものが歯槽骨を薄くすることもあります。原因は、歯の移動に伴って歯槽骨が刺激されることです。
重度の歯周病では、もともと歯槽骨が薄い状態です。そこに歯列矯正が重なれば、歯槽骨への刺激はより大きくなります。
結果として歯槽骨がますます薄くなるため、歯肉が退縮しやすくなります。
治療用器具の衛生
不潔な矯正装置は、虫歯や歯周病の代表的な原因です。歯周病が歯肉退縮を引き起こすことは、すでにご説明しました。
歯周病を防ぐためにも、矯正中の歯磨き・矯正装置の手入れは入念にしましょう。マウスピース矯正は矯正装置の取り外しが可能です。
できれば食事や歯磨きのときには外し、歯垢を溜めないようにしましょう。マウスピースを定期的に洗浄することも大切です。
一方、ワイヤーブラケット矯正は、自力では取り外せません。食べかすが詰まらないような食事や、丁寧な歯磨きを心がけましょう。
ブラッシング
過度な歯磨きは歯ぐきを傷つけます。簡単にいえば、歯肉がすり減るのです。とくに歯列矯正中は歯磨きがしづらいものです。
そのため、無意識に歯磨きに力がこもることは少なくありません。いわゆる「オーバーブラッシング」と呼ばれる状態です。
念入りな歯磨き自体は悪いことではありません。矯正中は虫歯・歯周病になりやすいため、丁寧な歯磨きはとても大切です。
歯肉退縮を避けるためには、優しい力での歯磨きを心がけてください。歯ブラシは、できれば毛が柔らかいものがおすすめです。
歯間ブラシやデンタルフロスも併用して、歯ぐきに負担をかけない歯磨きを工夫してみましょう。
また、長時間の歯磨きも歯ぐきを傷つける原因です。短時間できれいに磨けるよう、効率のよいブラッシングを実践してください。
治療用器具が合わないこと
矯正装置が合っていないと、歯肉にトラブルが起きやすくなります。たとえばワイヤーが歯ぐきを傷つけたり、歯ぐきが腫れたりするケースが代表的です。
歯ぐきに負担がかかるため、炎症が引いた後に歯肉が後退するケースもめずらしくありません。
歯ぐきの炎症は、マウスピース矯正でも起こりえます。矯正装置のかみ合わせが悪い場合や、痛みがある場合は、早めに歯科医師に相談しましょう。
歯肉退縮のリスク
歯肉退縮にはさまざまなリスクがあります。代表的なリスクは見た目の問題です。その他に、口内の病気の原因になることもあります。
歯肉退縮に伴うリスクについて、代表的なものを3つ紹介します。
見た目
見た目におけるリスクは以下の通りです。
- 歯が長く見える
- 歯と歯の間の根元に隙間(ブラックトライアングル)ができる
もっとも代表的なケースは歯が長く見えることです。歯の根元が露出するため、歯全体が長く見えてしまいます。
あるいは歯ぐきが痩せたり、歯と歯に隙間ができたりすることも多いです。
歯根う蝕
歯根う蝕とは、いわゆる「虫歯」です。歯肉退縮によって露出した歯の根元部分は、他部分と比べて非常に弱い状態です。
通常、歯の表面は硬いエナメル質で守られています。しかし歯根は本来歯肉に守られている部分であるため、エナメル質がありません。
そのため歯根が露出すると、その部位には細菌が繁殖しやすくなります。歯根の虫歯は進行スピードがはやいのも特徴です。
とくに注意すべきなのが、歯髄炎や根尖性歯周炎です。どちらも虫歯が重症化したもので、歯の根元の神経や歯槽骨にダメージが及びます。
歯根は歯肉と距離が近いため、虫歯が歯髄炎・根尖性歯周炎に発展するリスクが高いです。虫歯に気づいたら、はやめに治療しましょう。
知覚過敏
知覚過敏は、ささいな刺激によって歯が極端に痛む状態です。ささいな刺激とは、たとえば冷たい飲み物や歯ブラシの接触などです。
歯肉退縮が知覚過敏を招くのは、やはり歯の根元の露出に原因があります。エナメル質がない歯根部分は、刺激にとても敏感なのです。
歯肉が下がってきたらどうする?
基本的には、一度後退した歯肉は元に戻せません。かといって、放置すると状態はますます悪化します。
ここでは、歯肉退縮が起こったときに取るべき対策を4つ紹介します。
歯科医に相談
まずは歯科医に相談しましょう。矯正装置の調整や歯周病の治療を行うことで、症状の悪化を防げます。
場合によっては、歯肉の再生処置が選択されることもあります。再生処置とは、歯肉の状態を元通りにする外科手術です。
上あごなどから皮膚の一部を切り取り、歯肉の薄い部分に移植する方法があります。ただし100%元の状態に戻るとは限りません。
再生処置にはその他のやり方もありますが、いずれも大がかりな処置です。費用もそれなりであることにも留意してください。
歯肉の治療に対してどのような処置を行うかは、歯科医の判断や患者様本人のニーズによって異なります。
どのような処置を行うにしろ、まずは歯科医師とよく相談することが大切です。
口腔衛生
歯周病・虫歯が原因の場合は、口腔環境を衛生的に保つことで、歯肉退縮の悪化を予防できます。
具体的には丁寧な歯磨きです。矯正中は歯磨きがしづらいため、上手に磨くコツを歯科医院で教わりましょう。
オーバーブラッシングによる歯肉退縮の場合も、できれば歯科医院で一度歯磨きの指導を受けるのがおすすめです。
ワイヤーやマウスピースの不良を放置しないこと
矯正装置があっていない場合は、すぐに歯科医に相談しましょう。ワイヤーの調整などを行うことで、歯肉のさらなる後退を防げます。
マウスピースの辺縁不良も歯肉退縮の主な原因です。すこしでも歯ぐきや歯への違和感がある場合は、早めに歯科医院を受診してください。
装置の衛生
矯正装置はつねに清潔に保ちましょう。とくにワイヤー矯正は食べかすなどが引っかりやすいため、入念な歯磨きが必要です。
マウスピースやリテーナー(保定装置)は、洗浄液などを使ってこまめに洗浄しましょう。顎間ゴムの定期的な交換も必要です。
歯肉退縮を起こしやすいのはどんな人
以下のポイントに当てはまる方は、歯肉退縮のリスクが高い方です。
- 歯列矯正中の方
- 歯周病・虫歯治療中の方
- もともと歯ぐきが薄い方
- 歯磨きが不十分な方
- 歯磨きが強い・長い方
- 喫煙習慣などによって口腔環境が悪い方
- 歯ぎしりや食いしばりのクセがある方
- 噛み合わせが悪い方
歯肉退縮の予防法
歯肉退縮を予防するには、初期段階で適切な対策をとる必要があります。異常を感じた時点で、はやめに歯科医に相談しましょう。
あわせて、以下のような予防策を心がけることも大切です。
- 丁寧な歯磨きで歯周病・虫歯を予防する
- 矯正装置はつねに衛生的に保つ
- 歯磨きは優しい力加減で行う
- タバコなどの口内環境を悪化させる習慣を止める
- 歯ぎしりや食いしばりのクセを治す
- 噛み合わせが悪い場合は、歯列矯正を検討する
- 健康な歯肉を作るため、ビタミンなどのバランスが良い食事を心がける
矯正で歯茎が下がって悩んだら専門医に相談
歯列矯正中は、歯肉退縮のリスクが高い期間でもあります。しかも歯ぐきは一度下がると、100%元に戻すことはできません。
ちなみに歯肉退縮の原因は、自分では判断できないことが多いです。誤った自己判断は、処置の遅れを招きます。
歯肉が下がったと感じたら、担当の歯科医に確認してください。たいていの歯肉退縮は、歯の寿命には影響の範囲内なので、必要以上の心配はしなくても大丈夫です。
まとめ
歯列矯正は、口の健康や審美価値を向上させるための治療です。しかしときには、歯列矯正そのものが歯肉退縮を引き起こすこともあります。
口元の美しさ・健康を保つには、歯並びだけでなく、歯ぐきの状態にも気を配る必要があります。
もし歯科矯正中に歯ぐきに異常を感じた場合は、早めに歯科医に相談しましょう。